曼荼羅について


曼荼羅の世界は宇宙と人と魂の全てが集約されていて   
       自然療法・浄化には切り離せないと私は考えています。。



   曼荼羅にも色んな種類があり、
密教圏であるインド、日本、チベットでは
必ず本尊が中心に位置した形をとり周りの外に位置する仏に
     遠心的に波及するとともに、逆に外側の仏は中心の本尊に求心的に帰依
        していく様子を表すとされています。

      京都の東寺にある曼荼羅は、立体曼荼羅や大日如来を中心に、
      その周囲を数多くのほとけが囲むように描かれた両界曼荼羅
        「悟りの場」「聖なる空間」を表しています。
              (曼荼羅の美術(著 頼富 本宏)参考)





 チベットの僧侶が作る砂曼荼羅なども有名ですね。

密教の世界では、
   曼荼羅は仏の世界を表しているとされています。

私は、密教の熱烈な信者でもないし
      他を信じていないわけでもないですが、、、


   まずは、難しい理屈よりも一生懸命生きるのです。
        良いことも良くないことも受け入れるのです。


    曾祖母から始まって
       祖母、父、 そこから曼荼羅や密教を自然に見、学び、
          気づけば大方は理解していました。


        曼荼羅を見ていると母なる宇宙を感じます。
          そして人間の煩悩や悟りの世界を感じます。




         私の自己流の解釈では曼荼羅はこうなります。
          【○○】は私の感覚ですのであしからず・・・

                 →(ここからは広辞典で調べてみました)
         曼荼羅=【宇宙】 = 世界・天地・全ての物体を包む空間

     曼荼羅=【全ての神】 = (神で調べてみると・・・)
                    信仰の対象・超人的、神秘的なこともの
 曼荼羅= 【人】 = 人間・他人・人材・人柄

    曼荼羅=【人の煩悩】=(煩悩で調べてみると・・・)
                     心を悩ます一切の欲望
                    (本能・・・ついでに調べてみました)
                    生まれつき持っている要求や行動・能力     
 曼荼羅=【魂を表す】=(魂で調べてみると)
                           心・霊魂

  曼荼羅= 【哲学】 = (哲学で調べてみると)
                   世界と人生に関する原理を研究する学問

    そして、、、
      広辞典で曼荼羅を調べると・・・・ 
              仏の生涯や功徳を絵にしたもの
            
仏を調べると・・・・
              仏陀・死者・仏像

                      

        分かりやすく、どう説明すれば良いのか分からず、
     曼荼羅からの自分のイメージの言葉を広辞典で調べてみたのです^^;



  結局は、難しい理屈なんて必要なく感性で感じれば良いと思います。
  私は、難しい理屈は嫌いです(笑)

   ”何かわからないけど好き”
     全てはここから始まるのであって理屈本での知識から
           始まるのではないと思っています。


        でも、 相手がそういう事をまったく理解できていないのに
           効果が あればどうでしょうか・・・・?


       私が宗教というものを、密教というもの、曼荼羅というものを
      理屈から入っていたら、多分まだ何も分かっていないと思います。
        
    何せ何も知らない子供の時から感覚で理解したのですから。
      

      私の手からのエネルギーは、その人の宇宙に入っていくのです
    
 でも、
       不思議なんですが必要のない健全な方には殆ど無反応なんです。


       念じてどうこうとか集中してどうこうとかの次元ではないのです。

       そのくせ手を近くにもっていっただけでビンビン反応したり・・・。


  一度エネルギーを徹した方にはラインができているようですし、
      電話で話しているだけで無意識に手から出る時も。
      
 まるでその方が目の前にいるように・・・
      
勿論、私がそれを伝えなくても本人も同じように感じているようです、
        「何故ですか?何なんですか?」って言い出します(苦笑)     

  何故ですか?私にも分かりません。

実例・症例もどんどん出ています。
数値の変化・消えた・写真に写ったなど^^ブログ

 
 
だから、
    私は目に見えないことに関しては大先生でも疑いから入ります。
何を根拠に申しているのか?
それらは立証したのか?できるのか?


立証もできないものを力説しても意味がないのです。

そうなれば自分で経験・体感し、確かめるしかない。
そう感じた時から、立証できるものはやってきました。
       
自分を試し、自分のインスピレーションを大切にするようになりました。




     人に施術するときにいつもその方の曼荼羅と話す感覚になります。
  私にとって人の身体は小宇宙であり、まさに曼荼羅なのです。

そして、自分の感覚に確信を持ちました。


その人に今必要なエネルギーが勝手に出るのです。
              自分でも不思議なのですが、
 それはちゃんと相手のチャンネルに合っているのです。
    
 いつも普通に話しながら施術するので相手のほうが驚いています(苦笑)



      核心は本や師匠に学んだから解るような簡単なものではないと思います。


自分が素直に受け入れられる精神的なタイミングと
    出会い(時期)だと思います。


私は密教を身近に見て育ちました。

でも、
別段興味があった訳でもなく、勉強したわけでもありません。
            気づけば自分流に理解していました。

そして、私の石で創る数珠はその人の曼荼羅を表しているのです。





   正直、
手数珠よりも首からかける数珠が改善はあります。
        
   ですから、石と石の間に金属や留め金も使いません。

お金を出せば、
誰にでも創るスタンスでもありません。




  話が逸れましたが、私は全ては偶然はないと思っています・・・


      結局は誰かが(周りに人が)居ないと気づきもないと思うのです。


人間は一人で生きている人なんていないのです。
         生れ落ちた以上、父・母は少なくともいるのです。


いつも思うのですが、 生き神さまなんていないですよ。
        
居るとか、そうだと思うこと自体が本当の真理から
         かけ離れてしまっているとしか私には思えません。


  生きて人間に生まれた以上死ぬまで人間。
    人間には大差はないですよ。

         ただ、それに気づかないだけです。


        自分が良いことも良くないことも自分だけが特別なんて思った時から 、
         生まれおちた意味が なくなります。

  もちろん使命はそれぞれ違いますが・・・。


 生きることは殆どが誰もが苦痛の連続なんです。
       10のうち7〜8は嫌なことですよ・・・多分。
 
幸せを感じるのは殆ど瞬間的なことだと思います。


生まれてきた人間が神(宇宙)を越えれるわけないです。
     でも、       
自分の中に宇宙(神)を感じることは誰にでもできるのです。


  だから心が(魂)大切なんだと思います。

        
霊が見えようが、オーラーが見えようが、
       その特別な力が貴方を幸せにしていますか?
        だから、特別な力なんて必要ないのです。





   生きるということは
      まさにそれぞれの曼荼羅を生きていると思っています。
      
    ですから、その方に合った石での曼荼羅を創るのです。
       
その方の潜在的な曼荼羅(宇宙)を呼覚ませるために
            石はお手伝いするだけです。

 他力本願では駄目です。
      本人の自覚や気持ちがないとすぐに元に戻ってしまいます。
   
     私も石達も、お手伝いすることはできないのです。

        

☆完全オーダオリジナルーの数珠です☆